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クライアントアラート

クライアントアラート 米国司法省がコンプライアンスを奨励する新しいM&Aポリシーを発表

October 10, 2023

By Nathaniel B. Edmonds,Tom Best,Nisa R. Gosselink-Ulep,Craig Y. Lee,Morgan J. Miller,Jennifer D. Riddle,Josh Christensen,Andrew E. Sterritt,Christopher C. Brewer,& Ker Medero

2023 年 10 月 4 日、Lisa Monaco司法副長官(Deputy Attorney General)は、国家安全保障と関連する企業犯罪の取り締まり強化及びコンプライアンスを強化する企業の取り組みを更に奨励する司法省の取り組みを詳述するコメントの一環として、米国司法省(Department of Justice)の新しいM&A Safe Harbor Policyを発表した。米国司法省は、企業による自発的自己開示を促進するため、M&Aの過程で犯罪行為を発見し、その行為を開示した買収企業に対して、セーフ・ハーバー(Safe Harbor)を提供する予定である。セーフ・ハーバーの恩恵を受けるためには、企業はM&Aの過程において、(1)被買収企業で発見された不正行為をクロージング日から6か月以内に米国司法省に開示すること及び(2)クロージング日から1年以内に「不正行為を完全に是正する」ことを義務付けている。

シカゴで開催されたSociety of Corporate Compliance and Ethics主催の第22回Annual Compliance & Ethics Instituteを前にして司法副長官のスピーチは、企業犯罪の取り締まりが強化されている現状において、米国司法省の動きの透明性及び予測可能性を高める取組みを強調する内容となっていた。司法副長官は、「テロ資金供与、制裁回避、輸出規制の回避からサイバー犯罪や仮想通貨犯罪に至るまで、企業犯罪が国家安全保障とどのように関連しているのか」を強調するとともに、「FCPA違反から、重要なサプライチェーンに影響を及ぼす破壊的テクノロジーを含む知的財産の盗用に至るまで、米国司法省は、国家安全保障の新たな側面を、企業犯罪の身近な分野から見出し始めている」と指摘した。「企業犯罪を刑事上処罰していく件数は減少していくのか」との聴衆の質問に対し、司法副長官は、その場で現に刑事上処罰対象となっている案件を詳しく説明するとともに、米国司法省はこれまでにないほど多忙で、25名の新たな国家保安検察官の増員及び刑事局のBank Integrity Unitの検察官の数を40%増員し、お金に糸目をつけず、企業犯罪の取り締まりを強化していることを宣言した。

もっとも、その発表の中で注目を集めたのが、国を跨ぐM&Aを行う企業に対して更なる保護を提供する旨の「Safe Harbor」 Policyの正式な公表である。つい先月、Marshall Miller首席副司法次長(Principal Associate Deputy Attorney General)は、2023年9月21日のGlobal Investigators Review Annual Meetingで講演中に、この新たなM&A指針について予告をしていた。そのスピーチの中で、首席副司法次長は、刑事局のEvaluation of Corporate Compliance Programs及び企業取締方針(Corporate Enforcement Policy)が既にM&Aと関連する重要な考慮事項を含んでいることに言及するとともに、司法副長官から企業による自発的自己開示を対象とした更なるガイダンスが間もなく発表される予定であることを強調した。

司法副長官及び首席副司法次長は各々のスピーチで、模範的なコンプライアンス・プログラムを有する企業が過去に問題を起こしたことのある企業を買収するようなM&Aを米国司法省としては思いとどまらせたくはないと明言した。新しいSafe Harbor Policyの下において、買収企業は、被買収企業の不正行為を迅速かつ自発的に開示した場合、クロージング前後に発見された被買収企業の不正について、処罰を受けることはないとの推定が働くこととなる。つまり、クロージング前後に被買収企業の不正行為を発見し、セーフ・ハーバー期間内にその不正行為を迅速かつ自発的に自己開示した上で、その後、米国司法省の調査に協力し、「必要かつ適時適切な是正、原状回復及び不当利得の吐き出しを行う」場合、買収企業自身は被買収企業の不正行為について、執行を受けることはないことが明らかとなった。Safe Harbor Policyは、「不正が買収の前あるいは後に発見されようとも」適用がされる余地があるものの、「その他のルールにより開示が義務付けられているような不正行為及び既に公になっている、あるいは[米国司法省に]知られている不正行為」については適用がない点には留意が必要である。

特に、司法副長官は、米国司法省は「全ての取引が同じではない」ことを認識しており、「特定の事実・状況、特定の取引の複雑さに応じて」、米国司法省が「合理的な分析に基づき」セーフ・ハーバーの期限を延長する可能性があることも説明した。対象となる企業の規模やその他の要因によって、セーフ・ハーバーの期限が杓子定規に適用されるものではない可能性がある点は米国司法省とのやり取りの際に留意すべき重要な要素である。

買収企業及び承継者責任に関する従来のガイダンスに基づくセーフ・ハーバー

この分野において、米国司法省が全体として明示的な方針を初めて採用したのは、Opinion Procedure Release(OPR)08-02と関連して米国海外腐敗行為防止法(FCPA、Foreign Corrupt Practices Act)の文脈において発表された買収企業及び承継者責任に関する方針であり、今回の新しいM&A Safe Harbor Policyは、この方針に続くものである。OPR 08-02は、Halliburton社による英国の油田サービス上場会社の買収に関連するものであり、この買収において、Halliburton社はクロージング前に詳細なFCPA/汚職防止に関連するデュー・デリジェンスを実施することが法律上禁止されていた。新しいSafe Harbor Policyは、OPR 08-02で最初に定められた政策枠組みがその後のコンプライアンスや取り締まり強化の発表により、米国司法省によってゆっくりながらも着実に発展してきたことを示す内容となっている。

司法副長官は、最近のコメントにおいてOPR 08-02を引用し、当時の方針は「特定の取引にのみ適用され、広範囲に適用されるものではなかった」旨、言及した。このように適用範囲が限られており、Halliburton社自体がFCPA/汚職防止問題で米国司法省の調査を受けている間の買収という文脈における方針を示すものであったにも関わらず、Halliburton社の買収後のデュー・デリジェンス及び統合計画は、米国司法省の進行中の調査や自発的自己開示がない中、買収前のデュー・デリジェンスが適切に完了できなかった場合又は買収完了直後に問題が顕在化した場合に、企業が従うべき詳細な方針を企業に提供してきた。

新しいSafe Harbor Policyは、OPR 08-02の主要なマイルストーン、つまり180日(6か月)の開示期間及び1年間の是正期間を採用している。つまり、買収企業が潜在的な不正行為を特定し、調査を完了し、根本的な原因分析を実施し、被買収企業をコンプライアンス プログラムに統合し、完全な是正措置を講じるまでの時間は非常に限られていることを意味する。

司法副長官のスピーチにおいて、Safe Harbor Policyは「善意で、お互いに独立関係にある当事者同士のM&A取引(arm’s-length M&A transactions)で発見された犯罪行為にのみ適用される」とも述べられている。これは被買収企業における特定の買収後の不正行為について、買収企業が処罰を受けることがないとの推定を受けることができない場面もあることを示唆しているようにも捉えることができる。例えば、買収企業側の従業員や代理人が、買収時に被買収企業でまさに現在進行形で行われている不正行為に故意に加担した場合、米国司法省は両社の関係はもはや「独立関係にあるもの(arm’s length)」ではないと主張する可能性がある。

米国司法省全体での適用

M&Aにおける自発的自己開示に関する新しいSafe Harbor Policyは米国司法省全体に適用されるものであり、この種の米国司法省の方針としては初めてである。これは企業犯罪を取り締まる方針を米国司法省内で標準化する大きな流れの一環としても位置付けられる。2023年3月、司法副長官は、企業犯罪を訴追する全ての米国司法省内の部門に対し、自発的自己開示に関する正式な方針を書面で作成することを義務付ける新しい方針を発表した。このような方針を発表する背景には、不正行為を迅速に開示した企業が「あらゆる種類の事件において、米国司法省のどの部門が関わるものであったとしても、国内のどの地域が関わるものであったとしても、プログラムの恩恵を享受できる」ようにすることにある。もっとも、自発的自己開示の方針においてM&A取引をどのように扱うかについての方針を明確にしていたのは米国司法省内のごく一部の部門のみであり、その方針も部門間によって異なっていたというのが現状であった。

一貫性を重視し、M&A Safe Harbor Policyは米国司法省全体で適用されるものの、米国司法省の各部門は「このポリシーの適用を特定の執行体制に合わせて調整し、このポリシーを実際に実務でどのように適用するかを検討する」ことができる余地が残されていることも、司法副長官は明らかとした。

米国司法省の各部門が新しいSafe Harbor Policyを既存の執行体制にどのように組み込むかについて、疑問や不確実性が生じる可能性がある。例えば、米国司法省のAntitrust Divisionは、企業が独占禁止法違反となる共謀への関与を最初に自己申告することで、刑事訴追や罰金等を回避できるという寛大な政策(Longstanding Leniency Policy)を長年に渡り採用してきた。取引成立日から6か月以内に不正行為を報告できるとする新しいM&A Safe Harbor Policyとは異なり、Antitrust Divisionのプログラムには期限が定められておらず、代わりに申告者に対し、不正行為を発覚した際、「速やかに」その不正行為を報告するよう求めている。また、このプログラムは、米国司法省が潜在的な不正行為を既に認識していたかどうかに応じて、不正行為に直接関与した従業員を含む、捜査に協力的な従業員に対する免責の可能性も示唆している。

Antitrust Division(及びFTC)での合併審査において、これまで、加工水産会社2社の合併提案に際して、米国司法省によるマグロ缶詰業界での価格操作の訴追等の刑事処罰が行われてきた。このことを考慮すると、Antitrust Divisionの寛大な政策と新しいM&A Safe Harbor Policyとのギャップや相互作用は、遅かれ早かれ対処される必要があるだろう。

被買収企業への適用

重要な観点として、「セーフ・ハーバー」は買収企業にのみ適用され、被買収企業には適用されないことには留意すべきである。司法副長官は加えて、「被買収企業における加重事由の存在は、買収企業が刑事処罰を免れる可能性にいかなる影響も与えない」とも述べた。この立場は、買収企業がクロージング前後に徹底したデュー・デリジェンスを実施し、問題を是正し、それらを米国司法省に開示するインセンティブを生み出すという米国司法省の取り組みと一貫している。重要なこととして、被買収企業に加重事由が存在しない限り、被買収企業も、現行の米国司法省の企業取締方針(DOJ’s Corporate Enforcement Policy)におそらく基づき、潜在的な処罰免除を含む、自発的自己開示の利益を享受できるものと思われる。

これ以外に重要なこととして、「Safe Harbor Policyに基づいて開示された不正行為は、買収企業の開示時点又は将来において、再犯の観点からの分析には影響を与えない」ということである。

報酬インセンティブ

司法副長官は、2023年3月15日に発効されたCompensation Incentives and Clawbacksの3年間のパイロット プログラムに関する最新情報も示した。このプログラムにおいて、米国司法省は企業の報酬システムと関連して審査される要件を導入した。プログラムが軌道に乗っていることを示す証拠として、司法副長官は、最近の決議についても言及した。もっとも、米国司法省が提示する1:1の比率は、clawbackを有効にするために通常必要となる訴訟費用が含まれていないため、意味をなさない可能性があるという点には留意すべきである。

現在の取り締まり体制と買収後のM&Aデュー・デリジェンスに関する企業に向けたアドバイス

司法副長官によると、「国家安全保障に関連するコンプライアンスのリスクは広範囲に及び、その状態は今後も続くことが予測される。そして、このリスクはあらゆる企業のコンプライアンス・リスク・チャートの最優先事項として扱われるべきである。」優先順位には意見の相違があるかもしれないが、企業はこの新たな取り締まり体制に適応するために社内規程を一層強化する必要がある。

新しいM&A Safe Harbor Policyでは、「適時適切に行われたコンプライアンス関連のデュー・デリジェンス及び統合に対し、更なる恩恵を与えること」に重きが置かれている一方、効果的なデュー・デリジェンスの実施や不正行為の開示を怠れば、(i)買収企業が進行中の不正行為について責任を負うリスク、(ii)被買収企業が、発見も是正もされなかった現在及び過去の行為について責任を負うリスク、及び(iii)被買収企業が合併して消滅し、それらの企業が過去に不正行為を行っていた場合には、買収企業が承継者としての責任を負うリスクが発生し得ることも示唆している。コンプライアンス・チームは、取引のリスクを回避し、「慎重なデュー・デリジェンス及び適時適切な買収後の統合」を通じて、株主の価値を保護するためにも、M&Aプロセスに大きく関与する必要がある。

OPR 08-02は15年以上も前のものではあるが、企業が買収前のデュー・デリジェンスを実施する能力が限られている場面においては、依然として有用な指針として機能し得る。さらに、米国司法省と米国証券取引委員会(SEC)の「Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act」に含まれる実践的な手順は、汚職リスクだけでなく、すべての企業犯罪リスクを軽減するために適用できる、次のような手順を示している。

  • 潜在的な新規事業買収について、徹底したリスク・ベースのデュー・デリジェンスを実施すること
  • 買収企業の行動規範、コンプライアンス・ポリシー及び手順書が、新しく買収・合併した企業に可能な限り、迅速に適用されるようにすること
  • 新しく買収・合併した企業の取締役、役員及び従業員、必要に応じて代理店やビジネス・パートナーに対し、関連法規、会社の行動規範、コンプライアンス・ポリシー及び手順書について研修する場を設けること。
  • 新しく買収・合併した全ての企業について、リスク・ベースの監査又はデュー・デリジェンスレビューを可能な限り、迅速に実施すること
  • 新しく買収・合併した企業のデュー・デリジェンスの一環として発見された不正行為を開示すること

買収企業は、買収完了後できるだけ早急に、被買収企業のコンプライアンス・プログラム及び社風が買収企業と同等になるよう、改善することに重点を置く必要がある。これは上述の基本的な手順を超えるもので、コンプライアンスの価値に対する被買収企業に既に定着した社風や態度を変えることを要することもあり、多大な努力とリソースが必要となる場合がある。

最後に、Safe Harbor Policyで示された期限は、大規模で複雑な取引やリスクの高い取引に直面している企業にとって、遵守するのが非常に困難なものとなることが予測される。「合理的な分析に基づき」セーフ・ハーバーの期限の延長を米国司法省と合意するために、企業としては、クロージング前のデュー・デリジェンスで得られた結果、クロージング後のデュー・デリジェンス及び統合作業計画、スケジューリング等について米国司法省と積極的に議論することを視野に入れるべきであり、その進捗状況と調査結果を米国司法省に適宜報告することが求められる。特に企業がこの期限の延長を望む場合には、経験豊富な弁護士等の支援を通じて、クロージング前後のデュー・デリジェンスや統合プロセスを適時適切かつ効果的に実行し、司法省と連携することが極めて重要となってくる。また、米国司法省が国家安全保障に焦点を当てていることを考慮すると、現在の取り締まり体制に可能な限り対応するためにも、コンプライアンスは国家安全保障の観点から全てのリスクを評価する必要がある。

司法副長官が述べているように、「コンプライアンスはもはや企業の単なるコスト・センターとみなされるべきではない。優れたコーポレート・ガバナンスと効果的なコンプライアンス・プログラムは、企業を多大な財務リスク及び罰則から守ることができる。」結論として、企業がSafe Harbor Policyの恩恵を受けるために、コンプライアンス・チームは、次のことを行う必要がある。

  • 潜在的なターゲットの評価プロセスに早い段階から参加し、クロージング前の徹底的なデュー・デリジェンスを実施すること(もし、社内にこのようなデュー・デリジェンスを実施する専門知識や能力を有する者がいない場合は、外部の弁護士も巻き込んでターゲットの評価を行うことが望ましい)
  • 交渉への参加を通じて、リスクを軽減する戦略やクロージング後の統合計画について意見を言うこと
  • 取引完了後、直ちに関連リスクの十分な理解を試み、被買収企業とその従業員を買収企業のコンプライアンス プログラムに統合するよう努めること
  • 米国司法省の設定しているセーフ・ハーバーの期限を守れるかを含め、デュー・デリジェンスの進捗状況を米国司法省と協議すること

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