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クライアントアラート

日本企業に指針となる2020年以降のデラウェア会社法重要判例の動向

June 09, 2021

By 新井 敏之

COVID-19 により、デラウェア州では破綻取引に関する訴訟が殺到した一方、パンデミックと無関係の別の発展もみられた。前者には、パンデミックが合併契約に与える影響について、デラウェア州裁判所のした判断が、また後者には合併公表後の株式買取請求訴訟とプロキシーステートメントに関する情報開示関連の請求の進展がある。

取締役監督責任 (director oversight claims) はその評価が定式化されたとはいいがたい。また、 ESG 問題は、日本企業も含め訴訟や企業の意思決定にますます影響すると予想される。

  1. COVID-19 が合併契約に与える影響
  • パンデミック下で再交渉された取引、解除された合併、そして破綻した取引に関して訴訟が増加した。その核心は、(1)パンデミックの影響が重大な悪影響 (MAE) を構成するかどうか、(2)企業のパンデミックへの対応が通常の事業過程からの逸脱を構成するかどうか、との点にあった。
  • そのなかでも、 2020 年 11 月 30 日の AB Stable VII LLC v. Maps Hotels and Resorts One LLC 事件判決[1]が注目に値する。同判決では、合併取引交渉過程の売主が COVID-19 に対応して事業を大幅に改革したことが、署名から締結までの間その事業が「過去の慣行に沿った通常の事業過程に従って」 (in the ordinary course of business consistent with past practice in all material respects) 行われるべしという誓約条項(covenant)違反に当たるか争われた。裁判所はこの違反を認め、これを理由に、クロージングの停止条件が不成就であると判示した。今後の実務に対して、予め通常の事業過程(ordinary course of business)の関連規定を置くべき必要性や、MAE条項との適用関係などに関連して示唆に富む内容である。なお、本件契約書では、「自然災害」 (natural disaster) または「災難」 (calamity) に起因する会社への影響が「重大な悪影響」 (material adverse effect) には当たらないという内容の規定があり、 MAE は認定されなかった。この点も契約書の規定のドラフティングポイントとして考慮すべきである。
  1. 企業買収公表後の株式買取請求訴訟 (appraisal litigation) をめぐる進展
  • これまで、デラウェア州裁判所とデラウェア州議会は、買収価格と企業価値評価額の差を利用した株式買取請求 (appraisal arbitrage) の取り扱いに関心を向けてきた。
  • いわゆる appraisal arbitrage とは、一般に、公開企業の合併等重要な取引関連情報の公表後に、市場の情報格差を活用する専門化された 投資戦略を採用するヘッジファンドなどの投資家が、当該企業(買収対象会社)の株式を買い集め、その後株式買取請求権を訴訟上行使して利ざやを稼ぐ方法である。
  • 近年、複数の最高裁判例[2]において、裁判所は、買収取引価格はシナジー効果を控除すれば、公開企業の市場価値の最良の証拠を示すとの認識を示してきた。また、被告企業が判決前の法定利息を避ける目的で株式の市場価値と判断する金額を前払いするようになったこともかかるビジネスモデルに疑問を惹起した。結果的に、投資家にとって、公開会社における appraisal arbitrage は沈静化したと考えられてきた。
  • しかし、最近のデラウェア州最高裁の判決は、こうした動きを覆す可能性がある。すなわち、 2020 年 10 月 23 日の In re Solera Ins. Coverage Appeals 判決[3]では、株式買取請求 (appraisal claims) は一般的な D&O 保険に規定される「証券取引違反」 (securities violation) としてカバーされず、存続会社が権利濫用などを理由に当該株式買取請求を争う場合には、保険では負担されず当該存続会社が自前で係争コストを負担する必要があると判示した。そのため、そのリスクを避けるために買取請求に応じる対応が検討されつつあり、また会社に対して係争コストがかかることを示唆して濫用的な株式買取請求をほのめかすファンド側の請求例も出始めている。その結果、株式買取請求は再度勢いを得つつある。今後、新たな形態の保険や法改正による問題解決のための動向が注目される。
  1. プロキシーステートメントの情報開示をめぐる賠償請求 (disclosure claims) の進展
  • 近時の裁判例において、合併承認のためのプロキシーステートメントについてディスクロージャーの不足・不備にかかる請求が認められる傾向にある。例えば、 2020 年 11 月 30 日のCity of Warren Gen. Emples. Ret. Sys. v. Roche 事件判決[4]では、合併対象会社の CEO に対し、プロキシーステートメントでの情報開示をめぐる損害賠償請求の審理が許容された。注目すべきは、もし本件の開示請求が取締役会のメンバーに対して行われていたとすれば、かかる審理は認められなかっただろうとも思われる点である。例外はあるが、デラウェア州の会社の定款では、取締役は善管注意義務の違反に対する金銭的責任を免除されている。 CEO に対する証拠開示に関する損害賠償の裁判が認められたのは、このような免除がオフィサーには及ばないためであると考えられる。 CEO 等のオフィサーの責任追及が盛んになれば、免責に関しての立法的な解決や、定款で注意義務違反からの限定的な免責を認めるなどする工夫も検討されることになるだろう。
  1. 連邦裁判所にのみ 1933 年法の請求を提起できるとする連邦管轄選択条項 (federal forum provisions) の適法認定
  • 1933 年証券法 (Securities Act of 1933;the 1933 Act) は、同法に基づく訴えについて、州裁判所と連邦裁判所の双方に裁判管轄 (concurrent jurisdiction) を認め、被告が州裁判所に提出された当該訴訟を連邦裁判所に移送することを禁止していた。その後、連邦議会が 1998 年に証券訴訟統一基準法 (Securities Litigation Uniform Standards はAct;SLUSA) を制定して以降は、 SLUSA が 1933年法に基づく州裁判所の集団訴訟請求の排除を認めているどうかについて意見が分かれていたところ、 2018 年の Cyan v. Beaver Cty Emples. Ret. Fund 連邦最高裁判決[5]において、 SLUSAは排除をしていないとの判断が下された。
  • その後、州裁判所に提起される 1933 年法上の排除不可能なクラスアクションの数は激増し、また、実質的に同一内容の訴訟が連邦裁判所にも提起され、矛盾重複した判断が生じるリスクが懸念されていた。そこで、かなりのデラウェア州企業は、株主原告が連邦裁判所にのみ 1933 年法の請求を提起することを義務付ける連邦管轄選択条項 (federal forum provisions)を採用して対応を取っていた。そして、 2020 年、 Salzberg v. Sciabacucchi 最高裁判決[6]は、かかる条項がデラウェア州一般会社法 (Delaware General Corporation Law) の下では文言上有効であり執行可能 (facially valid and enforceable)であると判示した。
  1. 取締役の監督義務違反の主張 (director oversight claims)の困難性
  • 取締役が会社運営を監督する義務を果たしているかどうかを問う、いわゆる Caremark クレームは、裁判所が従来、会社法上最も主張・立証が困難なもの (possibly the most difficult theory in corporation law upon which a plaintiff might hope to win a judgment)と位置づけていたところ、同クレームの棄却を覆した 2019 年の Marchand v. Barnhill事件最高裁判決[7] 以降、監督不履行の法理が劇的に拡大したことを示唆する多くの考察記事が執筆されてきた。もっとも同判決以後の裁判例において、必ずしも監督不履行の認定が増加傾向とは言えない。複数の裁判例[8]が登場したが、判示において、同クレームの主張・立証の困難さを確認する点は従来と変わりなく、取締役は少なくとも会社の重大なリスクに対しては効果的な監督システムの導入を試みなければならないという、Marchand判決の知見が確認されるにとどまっている。同判決の射程距離を判断するにはまだ時間がかかりそうである。
  1. ESG問題
  • デラウェア州法は、株主の利益のためにデラウェア州の企業を経営する際に、取締役が会社の核心的ステークホルダー、とりわけ株主に対する忠実を価値として重視することを伝統的な立場として尊重している (stewardship for owners)。反面、環境・社会・ガバナンスの観点からの適切性(Environmental, Societal and Governance;ESG)を求める声が高まる昨今、デラウェア州の裁判所にはまだ持ち込まれていないガバナンスのトレンドの1 つに、ボードルームにおける ESG に関する考慮事項の普及がある。この問題は、2021年に進展する可能性がある。
  • 事実、原告によるESGに基づく法的請求はすでに始まっており、企業の取締役会が組織の掲げるダイバーシティ&インクルージョンの理想を実現できなかったと主張する裁判が、デラウェア州以外の裁判所には提起され始めている。この問題については日本のコーポレートガバナンスについても同様に配慮が必要である。
  • また、訴訟リスクを別にしても、取締役が組織のESG目標をどのように策定し、達成するかに、より焦点が当てられることが予想される。カリフォルニア州とナスダックは、取締役会の多様性とESG情報開示に関する要件を拡大しているほか(東京証券取引所も3月27日コーポレートガバナンスコードの改訂に関して同様の対応を示すに至った。)、アクティビスト株主や機関投資家が企業とのコミュニケーションにおいてESGのテーマを取り上げることが多くなっている。中でも気候変動がコーポレートガバナンスの指針として重要になるだろう(東証の動きもそれに従うものである)。

以上

 

[2]   DFC Glob. Corp. v. Muirfield Value P’rs, L.P., 172 A.3d 346 (Del. 2017) and Verition P’rs Master Fund Ltd. V. Aruba Networks, Inc., 210 A.3d 128 (Del. 2019).

[3]  In re Solera Ins. Coverage Appeals, 2017 WL 57839 (Del. Oct. 23, 2020).

[5]   Cyan, Inc. v. Beaver Cty. Emples. Ret. Fund, 138 S. Ct. 1061 (2018).

[8] Owens v. Mayleben, 2020 WL 748023 (Del. Ch. Feb. 13, 2020), In re GoPro, Inc. S’holder Deriv. Litig., 2020 WL 2036602 (Del. Ch. Apr. 28, 2020), In re TrueCar, Inc. S’holder Deriv. Litig., 2020 WL 5816761 (Del. Ch. Sept. 30, 2020), In re MetLife Inc. Deriv. Litig., 2020 WL 4746635 (Del. Ch. Aug. 17, 2020), and Richardson v. Clark, 2020 WL 7861335 (Del. Ch. Dec. 31, 2020).

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新井 敏之

弁護士・東京事務所代表