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国際取引契約における準拠法・管轄地指定と抵触法―当事者合意の効力と限界― 強行法規の優越など制約法理と契約後紛争リスクの回避
September 21, 2021
By 新井 敏之
問題意識
国際当事者間の商事取引において、その契約の中で準拠法と管轄地の合意をすることは通常だが、その効果・範囲と合意が覆されるリスクを事前に把握しておくことも必要である。というのも、合意をすれば何があっても尊重されるというわけではなく、他方当事者から契約締結後の攻撃に会うことがあるからであり、近時ではそのような紛争を含む判例や仲裁も多発している。この論稿では国際取引にとっての基本的な準拠法・管轄地指定と抵触法について相互関係を整理し、合意の制約法理を類型化し、裁判所の実務を検討し、どう取引の安全を全うすべきかについて検討する。
設例
関与する当事者の本社所在地、通常遵守する法律、通常提訴する裁判所、取引内容等、事案のパターンが様々なので、ここでは事実関係を単純化して次のように想定する[1][2]。
東京所在の日本企業X社がその機械製品製造のために不可欠なパーツを米国ワシントン州所在のY社から継続的供給を受けている。このパーツは世界中で利用され大きな需要があるが、それを製造する会社が少ないため、その製造者であるY社は取引関係において強い交渉力を有する。継続的供給契約において、準拠法はY社本店所在地のワシントン州法、管轄はワシントン州連邦裁判所の合意がある。取引が始まるとX社は契約内容が自己に一方的に不利益であると思うに至り、管轄地、準拠法の合意にもかかわらず、日本の独禁法の優越的地位の濫用の規定を理由に、日本法を前提として、①一定の契約条項の削除、②製品の購入要求の差し止め(独禁法24条)と、③不法行為による損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。裁判所はどう判断すべきか。
基本的法理の確認
- 世界中のほとんどの法域において、管轄地指定も、準拠法の指定も契約の自由の一部と考えられており、当事者間で自由に合意することができる。日本では民事訴訟法3条の7と法の適用に関する通則法7条においてその趣旨を規定している。そしてかかる合意は、「契約は守られなければならない」の原則により当事者を拘束する。
- しかし、契約であるから、意思表示の瑕疵や、内容の違法性等によってその拘束力が制約を受けることはあり得る。その場合に、管轄地、準拠法の同意はどうなるか。まず、管轄合意の範囲が契約において明確に特定されていない場合は無効という主張がある(例・民訴法3条の7第2項の「一定の法律関係に基づく訴え」の要件[3])。さらに、管轄地合意を無効化するには、「はなはだしく不合理で、公序法に反する」、の基準(チサダネ号最高裁判決[4])がある。それには管轄合意の内容、経緯に明白・重篤な問題があることが必要で、合意された管轄地が一方当事者の所在地であるような普通の場合であれば、それを充足することはあり得ないと思われる。いずれの場合も極めて例外的なもので、管轄合意の無効化はほぼ不可能である。
- 準拠法の回避については、①そもそも不法行為などの請求原因について準拠法の合意されていないという主張、又は②なされた準拠法の規定内容[5]は日本の強行法規、公序良俗に照らして明らかに不当・違法であるという主張がなされる。後者②が近年の議論の中心的論点であり、日本の強行法規や公序を準拠法指定によって蹂躙するべきでないという問題意識は理解できないわけではない(実際、絶対的強行法規は契約条項に優越するという学説もある)。しかし、そうだとしても合意する前に言うべきことではなかったか、それを分かって契約したのではないか、それを後になって蒸し返すのは公平か、という根本的問題がある。また、契約の一部を変更することで当事者が想定した契約全体の約因のバランスが害される。さらに、この問題をどう解決すべきかは各国の抵触法に様々な考え方があり、一定しない。
- 管轄地と準拠法の合意は、各々別の基準で有効性が判断されることになってはいるが、実際には混然一体に扱われることが多い。一方の判断が他方の判断と密接に結びついており、概念上の区別が有効でないということもある。判例もこれらの点を一体として判断していることが多い(例えば脚注3の中間判決を受けた地裁[6]、高裁判決[7]は同じ論点を前者は準拠法の問題とし、後者は管轄地の問題として議論する。)。
- この問題の裏面として注意すべきは、管轄地と準拠法がマッチしていない場合[8]に、裁判所は自ら判断できない法問題について、どう判断を下すのかという点である(準拠法と判断者のミスマッチの問題)。設例で論じれば、管轄地を日本と認めたとしても、準拠法は依然ワシントン州法なのである。その場合、外国法の証明は事実の証明として、専門家証人の意見書や証言で立証することになるが、準拠法の内容を知らない裁判所がそれを正確に判断できるかは問題である。この点脚注2の判例を参照。しかし、そもそもかかる茨の道を裁判所として取るべき理由はあるか。疑問である。
- よって合意を争う側にとって重要なのは、合意された管轄地と準拠法を両方とも回避しない限り、問題は解決しないという点である。他方、管轄地はすでに別の国で合意されているので(そして管轄地は通常一方当事者の所在地なので)、それを回避するにはよほどの事実関係が必要である。チサダネ号の基準を参照。
- 管轄地・準拠法の合意においては、合意がされている以上抵触法が果たしうる役割は限られている。抵触法上、準拠法の合意は有効であるからである(通則法7条;管轄合意は民事訴訟法固有の問題。民訴法3条の7)。合意された準拠法を排除するために一定の抵触法の規定が援用されることがある(例・不法行為を請求原因とする準拠法、通則法17条)が、通例それは困難である(通則法20条参照)。まして、強行法規・公序法による指定準拠法の排除の規定を持たない日本の通則法ではそうである。一方、スイス抵触法やローマII規則などには強行法規による排除の規定が見られるから、排除問題の処理は抵触法の内容によることになる。
管轄地・準拠法合意回避の法的根拠
- 合意は意思表示の集合体であり、日本なら民法の意思表示の瑕疵の規定(民法93条―96条)に服する。詐欺、強迫、錯誤などである。しかし、それを援用すると契約全体が無効になってしまうので、当事者がそこまでは要求する例はない。自己に不利益な条項を変更するとか(契約の改訂)、その部分だけを無効化(一部無効)するなどの主張に限定されるのが一般であり、それには別の法的構成が必要となる。意思表示の瑕疵はしたがって争点とならない。
- 取引契約について管轄地・準拠法合意はしたが、非契約的請求である不法行為や不当利得については合意が及んでいない(したがってそれらについては別の国で提訴できる)という主張がなされる。あるいは抵触法上、非契約的請求は契約による合意によることができない(例えば通則法17条を引用して)とも主張される。しかし契約規定の書き方にもよるが、同一の取引関係からなされる請求は、契約上のものでも不法行為でも、同一の紛争解決手段で行うのが便宜であるし、実際それらは契約から発生する紛争であるという点で差異はない(通則法20条参照[9])。もちろん、契約以外の請求原因について当事者が契約で処分することは不整合とか、抵触法の原則が異なるものを契約原則で扱えないというのは、理屈としてはそうだが、契約かそれ以外かによって別の訴訟を別の国で継続させることの訴訟経済的な意味は乏しい。そこで、契約上の規定で同一取引から生じる請求原因はすべて、非契約的なものであっても契約での管轄・準拠法合意によって拘束されたものとする旨の記載を設けることで、この問題を回避するのが一般的になっている。かかる規定の有効性は一般に認められている。
- 準拠法に関する合意を制限する根拠には、契約の自由を越えて遵守されるべき強行法規や公序良俗による制限があるといわれる。国際取引においても、合意された準拠法では当事者が別の法体系で保護に与れるべき強行法規の保護が得られない[10]などの場合は、何らかの工夫をしてその当事者を保護すべきでないかとの配慮が働くこともある。これが国際私法で議論される絶対的強行法規による契約の優越などと呼ばれる問題である。この問題は管轄地と準拠法の組み合わせによって、どういう結論になるかはヴァリエーションがある。例えば、上記の設例はワシントン州法では日本の独禁法の優越的地位の濫用法理はないから、その限りで日本法が優越すべきだという主張についてである。この問題に方向性を与えるのは抵触法の考え方によるのであるが、それは裁判地の法域によって異なる。日本の裁判所に提訴した場合、日本の通則法では、かかる優越を認める規定はない。その立法的な不所為を無視して、法解釈のみでかかる優越を認めることの根拠は不十分である。そのこともあって、日本ではこの議論は裁判実務的には認知されていない。
日本の裁判実務の考え方
日本の裁判実務にはこれらの合意回避の主張について一定の傾向がある。結論として、日本では一度合意された事項を覆すには、極めて慎重である。
- 意思表示の瑕疵は、当事者も全部無効化を意図していないのでそもそも問題とならない。
- 一定の法律関係に基づくか疑義のある紛争、あるいは非契約的請求原因について、合意が及ぶかは契約規定の書きぶりによるのであり、この点の判断において日本の裁判所は厳密である場合がある。例えば脚注3の中間判決参照。ただ、実際の結論として「一定の法律関係の基準」を援用して、なされた合意を排除することはほぼないといっていい。(上述の中間判決後の高裁判決は当事者の意思解釈を制限的に行うことで、中間判決で広汎に過ぎると批判された管轄合意を有効とした。常識的な解釈であり、妥当である。)
- 強行法規、公序良俗によって合意を覆すことについては日本の裁判所は極めて慎重である。まず通則法にかかる問題意識に基づく条文をあえて置かなかったことが根拠であると考えられる。また実際問題として、強行法規による合意の優越といった場合に、どの規定がどの程度強度を有する強行法規であるかは明快ではないので、優越の可否を容易に確定できないと考える。例えば設例のように外国の管轄と準拠法を合意している場合に、日本の独禁法違反を根拠に日本の強行法規違反だから契約合意は無効[11]化されるべきと類型的に考えない。少なくとも独禁法のどの規定が問題なのかの検討から始め、およそ優越的地位の濫用が関われば強行法規違反というカテゴリカルな判断には慎重で、設例に即していえば、個別に①その条文自体の強制力を根拠とする請求か、②条文の趣旨(例えば独禁法24条の差止請求)は公序の維持かそれとも私権の保護か、及び③条文の趣旨を汲んで不法行為を正当化する趣旨かなどの点を区別する。また問題となっている強行法規だと主張される規定の公序性の強度を判断し、それとの兼ね合いで契約条項の有効性にどの程度の逸脱が生じるかを具体的に測定する傾向がある。設例の下敷きとなった判決では、説明の便宜もあるのだろうが、①合意された管轄地・準拠法(ワシントン連邦地裁、ワシントン州法)では日本法と同様の公序性にかかわる問題がどのように考慮されているかを一方で考え、他方で、②日本ではその法規定の適用ゆえにどういう結論に至るのか(優越的地位の濫用となり、当該契約条項が無効となる)を総合的に利益衡量して、前者の方法では看過できない不公平が存在する場合に契約条項の排除をするという基準を用いる[12]。外国法の絡むかかる微細な利益衡量を行ったうえで合意を覆すことはほとんど実際には不可能であり、日本の裁判所にその意欲や判断資料があるとは思われない。ましてや前提問題である管轄審理の段階でこのような実体判断に踏み込むことは現実的ではない。こういった困難があるため、この点を論拠として合意を無効化した判決はないと見られている。無効にするなら類型的に強行法規違反一般が無効になるというほかないのである。それが裁判で現実になるとは非常に考えにくい。
管轄地・準拠法指定を契約後の争点としないために
契約の書き方に問題がないのであれば、日本の裁判実務は一度合意された管轄地・準拠法を無効化することに慎重であり、そうであるべきである。すでに契約をした当事者が自ら合意した契約の根本である管轄地・準拠法の無効化を試みるというのは公平でないし、社会的無駄を強いる。まして、合意を争われる側からすれば、合意もしていない裁判所で応訴を強いられるのは迷惑も甚だしい。そこで下記のいくつかの工夫をすることでそういったリスクを減少させることはある程度可能と思われる。
- 契約での管轄地・準拠法の合意文言の範囲、要件を疑義のないよう精密、達意に規定すること。「一定の法律関係」の基準(民訴法3条の7第2項)との関係で問題とならないよう、実際の取引関係に応じてその範囲で合意をすること。
- 請求原因のいかんを問わず同一の取引から生じえる紛争については、明文で契約による合意の対象と規定すること。その際には非契約的請求原因について契約で合意することについて合理性があるacknowledgment文言を記載すること。
- 管轄・準拠法の合意の有効性について、必要な社内承認手続が履践されていること、弁護士に相談する機会があったこと、当該合意は有効で覆すことができないことのacknowledgmentまたはwaiver, 表明・保証をとること。最近では合意準拠法の排除に関する放棄条項を掲げる契約書も見られる。
- 実体面でいえば、強行法規性・公序性で多く援用されるのは、独禁法などの経済法であるので、その準則上問題とならぬよう一方的に自社に有利な契約運用を自制するなどして、公平な外観を確保するなどの対応も大切である(自社が交渉力の強い場合)。
逆に管轄地・準拠法の合意を覆したい当事者はどうするべきなのか。
- そもそも契約後後悔するような契約は締結しないことが第一である。契約した以上はその枠組みの中で自己の権利義務を誠実に履行すること。それが原則である。
- 「契約は守られなければならない」のだから、それを回避することは本来公平でないと知ること。そして契約は合意した準拠法の下で有効性が判断されることに留意する。
- いったん合意した管轄地・準拠法の内容を覆しえた裁判例はほぼないといっていいから、それを敢えて争うことを薦める弁護士の助言には注意して対応すること。弁護士が国際的な取引に精通していればいるほど、翻意を薦める助言はしないものである。逆にクライアントとして何としても合意を排除したいと思っても、合意に反して外国の裁判所で提訴することは徒労に終わることが圧倒的だから、そのような無理筋の指示を弁護士に与えないこと。
- 契約はしたものの、どうしてもこれ以上の拘束を避けたい場合は、管轄地を守り、準拠法を守ったうえで、それなりの攻撃をする法的構成ができるかを検討すること。通常争い方はあるものである(例えば優越的地位の濫用が米国州法で認められないというのは不正確である、例えばeconomic duressの法理)。合意もない管轄地で、合意もない法律を適用しようとするよりもよほど確率は高い。それでもだめなら、合意づくで解約交渉をすること。
以上
[1] この設例と逆に日本法、日本管轄が合意されている場合でも、別の当事者の所在地法や、関連する市場の強行法規により日本法への優越を主張されることもあり、その対応の難易度は具体的事実により異なる。場合によっては管轄合意の有効性が争われることもある。
[2] この設例は京セラ事件を参考にしたもの。東京地判平成28年10月6日ジュリスト1509号6頁、東京高判平成29年10月25日ジュリスト1541号95頁。
[3] 東京地判平成28年2月15日ジュリスト1508号144頁(中間判決)。
[4] 最判昭和50年11月28日民集29巻10号1554頁
[5] 準拠法それ自体を攻撃するのではなく、指定準拠法では達成できない請求を別の法律で根拠づけ、準拠法の内容を優越させることを試みるのが通常である。
[6] 東京地判令和元年9月4日ジュリスト1541号6頁
[7] 東京高判令和2年7月22日ジュリスト1560号100頁
[8] このミスマッチを避けるために設例のように合意されていない裁判所に訴訟を起こすことが多い。しかし管轄合意を覆すのは極めて困難である。また、合意された裁判所(設例ではワシントン州連邦地裁)で同様の議論をすることはミスマッチゆえに困難であり、連邦地裁が日本法の優越的地位の濫用を検証する動機に乏しい。
[9] 不法行為について通則法20条の「当事者間の契約に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」の要件参照。その場合17条の準則(結果発生地)に服さない場合がある。この規定は以上のような認識の反映である。
[10] 実際にはこのようなことは多くない。例えば優越的地位の濫用がワシントン州法には存在しないなどと即断はできない。例えば経済的な不法行為の類型などを検討すべきである。
[11] 無効化される範囲は、準拠法全体なのか、それとも日本の強行法規に矛盾する契約の条文の個別のものかはやや疑義があるが、当事者は後者を主張したものと考えられる。したがってワシントン州法が準拠法であることには変わりはなく、日本の優越的地位の濫用と整合しない契約規定について、ワシントン州法の適用を排除して日本法を適用するという趣旨であろう。
[12] 東京高判平成29年10月25日ジュリスト1541号95頁。京セラ事件、高裁判決