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クライアントアラート

「目には目を」の米国以外の多国籍企業への射程距離―中国型ブラックリストの法的枠組みとその影響

October 27, 2020

By 新井 敏之& Kefei Li

はじめに

昨年来、米国と中国との間には、政治、経済や貿易といった面における摩擦と対立が一段と激化しつつある。米国は相次いで中国企業に対して輸出管理における規制や制裁を加えてきた。それに対して、中国政府は急遽中国型ブラックリストに関する法的枠組みを作り上げ対抗した。昨年5 月以来、信頼できない法主体リスト [i]に関する制度について検討し [ii]、ようやく今年9月19日に「信頼できない法主体リストに関する規定」 [iii](以下「法主体リスト規定」という。)を公布・施行した。さらに、昨年12月から全人代常務委員会で審議してきた輸出管理法 [iv]が10月17日に公布され、12月1日から施行されることとなった。同法には、安全保障などを理由に禁輸対象者リストを作り、特定の業者への輸出を制限・禁止するとともに、米国を念頭に他国の輸出規制の「濫用」に対抗措置を取ることができるとの規定もあり、中米間の衝突をさらに先鋭化させることが予想される。本稿は、信頼できない法主体リスト規定並びに輸出管理法におけるブラックリスト制度の概要を紹介し、中国と取引のある日本の多国籍企業に対する影響について検討する。結論から言えば、かかる規制は日本の多国籍企業の中国でのビジネスに影響を与える余地が大きい。

I.        信頼できない法主体リスト規定

一、適用対象及び判断基準

法主体リスト規定は、主に米国の輸出管理規制に従い、中国企業との取引を一方的に取りやめ、又は差別的な措置を取った外国企業・個人を対象にしており、米国のみならず、日本を含む諸外国の企業や個人が当該リストに指定される可能性がある。未だに当該法主体リストが公表されておらず、その抑止力で米国を牽制する狙いが強いと言われている [v]が、一旦中国当局が実際にリストの公表に踏み切れば、中国企業と取引する日本を含む世界の企業に大きな影響を及ぼすだろう。

法主体リスト規定は信頼できない法主体の判断基準を次の通り規定している。①中国の国家主権、安全、利益の発展に危害を及ぼすこと、または②正常な市場取引原則に違反し、中国企業や個人との正常な取引を中断し、又はこれらに対して差別的措置を採り、かかる企業や個人に重大な損害を与えること。 [vi]

上記第一は国家安全や利益という視点からの理由で、第二は他国の制裁規定への対抗措置という色彩が濃く、例えば外国企業が、欧米諸国の輸出管理規制に従い、中国企業や個人との取引を中止することは、「正常な市場取引原則に違反」、「正常な取引を中断」「差別的措置」と見なされ、当該外国企業を信頼できない法主体として制裁することができるということである。その意味で、中間的立場を認めない規制である。この点は、他国の規制を遵守したことによっても発動される制裁という点で、以下に紹介する輸出管理法における禁輸対象者リストと性質が大きく異なる。

さらに、法主体リスト規定第7条には、リストに入れるべきかの考量要素が次の通り挙げられている。①国家主権、安全、利益の発展に及ぼす危害の度合い、②企業や個人の合法的な権益に与える損害の程度、③国際的に通用する経済貿易規則に合致するか否か、④その他の考慮すべき要素。 ここでいう③、④の内容について説明されておらず、不明確さが残っている。

二、制裁措置

法主体リスト規定の第十条には、信頼できない法主体リストに加えられたものに対して採りうる制裁措置が規定されている。それらは、①中国に関連する輸出入活動の制限又は禁止、 ②中国への投資の制限又は禁止、③関係人員或いは移動手段等の中国への入国の制限又は禁止、④関係人員の中国国内での就業、滞在や在留の制限又は禁止、及び⑤罰金等である。

三、残存する問題点及び多国籍企業への影響

法主体リスト規定は米国が行う中国企業に対する一連の規制や制裁への対抗措置として取られ、米国を牽制する色彩が濃いということで、明確性や運用の予測可能性に欠け、実務上、執行機関に多大な裁量権をゆだねるだろうと予想される。とりわけ以下の重要な点において不明確さが残されている。

1.        中国に設立される外商投資企業はターゲットにされているか

法主体リスト規定を文字通り解釈すれば、外国企業や個人が対象とされ、中国で設立される外商投資企業を対象としているわけではないということになる。そうすると、外国企業の中国子会社が欧米の制裁対象となる中国会社との取引を中止する場合はどうなるか。また、多国籍企業の香港にある子会社が欧米の制裁対象となる中国会社と取引を中止する場合、法主体リスト規定は当該香港会社に適用できるか。これらの問題について、当局は明確な回答を出していない。規則の趣旨からいえば、当然懸念がある。

2.        契約上外国の輸出管理規制への不遵守を契約解除事由にする条項の有効性

多国籍企業、特に米国原産品や技術が含まれる製品の取引している企業が当事者とするクロスボーター取引の契約(日本の多国籍企業が使用する契約にも通常ある)には、相手側による米国その他の輸出管理規則への不遵守を契約解除事由とすることが多い。中国企業である相手側にかかる不遵守がある場合や米国のエンティティ・リストに入られた場合、契約を即解除し、取引を中止するということは中国契約法上においても問題ないと思われる。ただし、法主体リスト規定によれば、かかる契約条項により取引を中止する行為を「正常な市場取引原則に違反」し、「正常な取引を中断」と評価することがありえるため、かかる契約条項の実際の有効性に疑問が持たれるようになる。

明確性や運用の予測可能性に欠けているかかる法主体リスト規定により、外国企業の中国におけるビジネスリスクが増え、これまでの中国の外国投資誘致政策に水を差すものになる。もちろん、中国当局の狙いは決して外国企業を中国から締め出すというところにあるわけではなく、法主体リストへの掲載可能性を材料として中国ビジネスへの依存度が高い多国籍企業を、欧米の規制・制裁に従い中国企業との取引を停止しないよう誘導するところにあると考えられる。多国籍企業は、これにより板挟みになり、米国と中国の二者択一が迫られる局面に直面させる場面が多くなるだろう。

米国やEUの輸出管理規制は複雑で、これを遵守することに力を注いできてきた多国籍企業の中には、不注意による違反を避けるために、欧米のエンティティ・リストに載せられた企業と一切取引を中止するといったような広汎なコンプライアンス措置を行う会社も少なくない。しかし、このようなやり方は、その企業自身を中国の法主体リストに掲載されるリスクにさらすことになる。欧米制裁対象企業であっても、一概にすべての取引を停止しなければならないというわけではないので、米国やEUの輸出管理規制をよく分析し、理解したうえ、取引の内容によりコンプラインス上のリスクを慎重に分析・評価し、リスクの高い取引を中止し、輸出管理規制に違反しないような取引は継続することが賢明であると思われる。米中双方の規制の要件を精密に分析する必要がある。

II.     輸出管理法における禁輸対象者リスト規定

一、対象及び制裁措置

同法第18条によれば、①エンドユーザーあるいは最終用途に関する管理要件に違反し、②国家安全や利益に危害を及ぼす恐れのあり、又は③規制品目をテロ目的に用いた輸入業者やエンドユーザーについて禁輸対象者リストの作成が規定され、禁輸対象者リストに掲載されるものに対して、規制品目の取引の禁止や制限が課せられ、輸出業者は特別な許可を得ない限り、禁輸対象者リストに掲載された者と取引を行ってはならない。

かかる禁輸対象者リストに関する規定は、法主体リスト規定と異なり、エンドユーザや最終用途管理といった視点からの欧米並みのエンティティ・リスト制度の構築を別途目指しているといえよう。

二、報復条項

当初全人代第一次や第二次草案で削除されていたいわゆる「報復条項」が復活した。すなわち、他国が輸出管理措置を濫用し、中国の国家安全と利益に危害を及ぼした場合、かかる国に対して対等措置を取ることができるとの規定である。 [vii]かかる条項は、米国が中国企業に対する取引制限・禁止措置への対抗措置との位置づけは明白である。ただし、これらの措置の導入や発動は外商投資環境全体に多大な影響を及ぼし、中国にとっても両刃の剣である。

三、多国籍企業への影響

輸出管理法上の禁輸対象者リストは欧米並みのエンティティ・リスト制度と似て、異質なものとは言えないものの、「国家安全や利益に危害を及ぼす恐れ」という要件が極めて広汎な概念であり、禁輸対象者リストが政治目的で恣意的に運用されるというリスクの存在は否定できず、中国でビジネスをする多国籍企業にとって顕著なビジネスリスクとなる。[viii]

III.   まとめ

日本の多国籍企業は、米中など異なる法域間の輸出管理規制の衝突に巻き込まれ、板挟みになる場面が多くなることが予想される。今回構築された中国型ブラックリスト規制は、中国ビジネスに依存度の高い多国籍企業が直面する大きな試練である。一方、中国政府は外国投資家に敬遠されないようにブラックリスト規制と外国投資誘致とのバランスを取りながら運用すると予想され、これからかかる規制の細則の制定や実務上の動向等の詳細に注意を払うべきであろう。


1    中国語では「不可靠实体清单」という。

2    中国商務部は、2019年5月31日に、中国企業との取引を制限する外国企業リスト制度の策定を表明し、中国政府系メディアである環球時報は同日の社説で、同制度策定の背景に、「米国がファーウェイを同国のエンティティ・リストに加えると発表し、既に数社の米国企業が中国企業に対する技術提供の停止や締め出しを行っていることがある」と指摘し、今回中国商務部の法主体リスト制度の制定は「米国からのさまざまな圧力に受動的に耐えるだけではなく、積極的な対抗措置も取るという重要なシグナルを送り」、「法主体リストの抑止力によって中国企業を保護する」と評価した。http://www.xinhuanet.com/2019-05/31/c_1124569906.htmを参照。

3  「不可靠实体清单规定」、商务部令2020年第4号。http://www.mofcom.gov.cn/article/b/c/202009/20200903002593.shtmlを参照。

4  中国語では「中华人民共和国出口管制法」。本稿は同法での禁輸当事者リスト規定のみを取り上げて検討するもので、同法のその他の規定に関する検討は他に譲ることとする。

5  中国政府系メディアである環球時報は5月15日や9月21日付の報道で、大手エレクトロニクス、通信、金融、ロジスティクス等の欧米会社を信頼できない法主体リストに掲載する可能性があると示唆していた。https://world.huanqiu.com/article/3yFXkzABKfPhttps://www.globaltimes.cn/content/1201612.shtmlを参照。

6 法主体リスト規定第二条。

7 輸出管理法第48条。

8 例えば、日本企業が中国で合弁で研究開発拠点を設立し、そこで開発された技術やその技術を使って製造した商品(規制品目に当たる場合)又はそれに関連する技術資料を日本や米国へ輸出するビジネスをする場合、輸出管理法が施行される前に、コンプラインス上のリスクを分析・評価する必要があるだろう。

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新井 敏之

弁護士・東京事務所代表

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Kefei Li

Attorney, Litigation Department