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日本グリーンファイナンス関連枠組の改訂: 市場の信頼性強化および国際基準との整合性の向上を目指して
March 27, 2025
By 新井 敏之and Ruth Knox
日本は、FY2030までに温室効果ガス(GHG)排出量を46%削減し、2050年までにカーボン・ニュートラルを達成するという目標に向け、グリーンファイナンスの枠組を強化している。この戦略を実現する際に、サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)、サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)、グリーンボンド(GB)、およびグリーンローン(GL)などの金融商品は重要な役割を果たす。これらは、企業が有益なESG(環境・社会・ガバナンス)施策を採用することを促し、あらかじめ設定されたサステナビリティ目標の達成に融資・金融条件を結合するものである。
2024年11月8日、環境省はグリーンローン(GL)、サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)、グリーンボンド(GB)、サステナビリティ・リンク・ボンド(SLB)に関する改訂ガイドライン(以下、「ガイドライン2024年版」という。)を発表した。現在、ガイドライン2024年版は日本語版のみ公表されている。ガイドライン2024年版は、日本のサステナブル・ファイナンス市場における重要な改善点を示し、国内市場の課題への対応、報告・検証基準の向上、そして国際的な主要枠組との整合性を強化するものである。国際的な主要枠組には、以下が含まれる。
- サステナビリティ・リンク・ローン原則(SLLP)
- グリーンローン原則(GLP)
- サステナビリティ・リンク・ボンド原則(SLBP)
- グリーンボンド原則(GBP)
上記枠組は、以下の組織によって策定されている。
- ローン・シンジケーション・トレーディング協会(LSTA)
- アジア太平洋ローン市場協会(APLMA)
- ローン市場協会(LMA)
- 国際資本市場協会(ICMA)
ガイドライン2024年版の改訂概要
- ガイドラインの構成の変更(国際原則の和訳部分と国内向けの解説部分の整理)国際原則の和訳部分と国内向けの解説部分を分離することで、国際原則の改訂に迅速な対応が可能となった。2023年2月のSLLP改訂(目的、ローンの形態と資金用途、プロジェクトの評価・選定プロセス、調達資金の管理と報告項目)や、2024年6月のSLBP改訂(KPIの選定プロセスの明確化)が反映されており、国際基準および国際的なベストプラクティスとの整合性が強化されている。
- KPIの重要性と戦略的関連性
業績評価指標)は事業の中核となるものであり、戦略的に重要であることが要求される。これにより、表面的または無関係なKPIの設定を排除し、企業の本質的なサステナビリティ課題に即した指標となることを保証する。適切なKPIの例として以下が挙げられる。
- スコープ1・スコープ2のGHG排出量削減
- 再生可能エネルギー使用量・生産量の増加
- 生産・業務におけるエネルギー効率の向上
ICMAの「KPIサンプルレジストリ」などを参照した上で、具体的かつ測定可能性、達成可能性、関連性および適時性のあるKPIの設定が求められる。なお、ガイドラインには業界標準の具体例は掲載されていない。
-
サステナビリティ・パフォーマンス目標(SPT)の最適化
ガイドライン2024年版では、サステナビリティ・パフォーマンス目標(SPT)は各KPIの重要かつ継続的な改善を示し、Business as Usual(成り行きまかせ)を超えたものであると強調される。そのため、借手および発行体は、以下のことを推奨される。
- 段階的な進捗評価のため、KPIごとに原則毎年一つのSPTを設定すること
- 有意義なサステナビリティ目標を掲げ、国際基準との整合性を確保すること
具体例として、2050年までにGHG排出ネットゼロを目指す企業であれば、2030年までに炭素強度(経済活動あたりの二酸化炭素排出量)を40%削減し、2040年までに70%削減するといった中間的なSPTを設定することが考えられる。
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報告・検証要件の強化
透明性を向上させ、グリーンウォッシュリスクを軽減するため、より厳格な報告・検証基準が導入された。
- 年次報告(Annual Reporting): 借手および発行体は、SPTの達成状況について、詳細かつ定量化されたデータを開示する必要がある。
- 独立検証(Independent Verification): KPIのパフォーマンスは第三者による検証が強く推奨され、信頼性を確保することが求められる。検証報告書は、KPIの重要性およびSPTの達成状況の両方を確認し、利害関係者の信頼を強化する必要がある。
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貸手により措定された枠組の課題への対応
現在、日本のSLL(サステナビリティ・リンク・ローン)の約70%は、貸手により措定された枠組で構成される。これらの枠組は柔軟性がある一方、KPIやSPTの定義がローン契約締結後まで確定せず、市場の透明性、信頼性、継続性を損なう要因となっている。ガイドライン2024年版では、以下の要件を満たすことで、右課題の克服を目指そうとしている。
- KPIおよびSPTの事前定義: すべての指標は、金融契約の交渉段階で事前合意が求められる。つまり、KPIやSPTは、交渉段階で確立され、タームシートに明確に定義される必要がある。これにより、持続可能性に関する指標が事前に確立され、ローン契約における拘束力のある枠組に組み込まれることが保証される。
- 国際基準との整合性: 貸手により開発される枠組は、SLLPおよびガイドライン2024年版に示される「重要性(“Material”)」と「野心性(“Ambitious” )」を満たす必要がある。
- 監督の強化: 貸手は、自らの枠組がSLLPに定められた5つの主要要素に準拠していることを確認しなければならない。
結論:サステナブル・ファイナンス市場の信頼性強化
ガイドライン2024年版は、日本のサステナブル・ファイナンス市場における重要な進展を示している。本ガイドラインは、貸手の開発する枠組における課題を解決し、KPIおよびSPTの基準をより厳格化することで、報告と検証のメカニズムを国際基準と整合させることを目的とする。
これらの改訂を通じ、SLB(サステナビリティ・リンク・ボンド)、SLL(サステナビリティ・リンク・ローン)、GB(グリーンボンド)、GL(グリーンローン)に対する市場の信頼性、透明性、説明責任をより強化することが期待される。
日本の積極的な取り組みは、市場の信頼性を強化するだけでなく、気候変動への対応とカーボン・ニュートラルへの移行目標に対する国家的なコミットメントを世界に示すものである。これにより、日本はサステナブル・ファイナンスにおいて世界基準の一翼としてリーダーシップを発揮することになるだろう。
今後の展開
2025年、日本はGX戦略の基本政策であるトランジション・ファイナンスのガイドラインを改訂する。改訂版には、国際的な最新情報や、日本のクライメート・トランジション・ボンド(CTB)プログラムから得られた教訓が反映される。
日本は2024年に、世界で最大規模となる174億ドル(約2.6兆円[i])のトランジション・ボンドを発行し、トランジション・ファイナンスの分野で世界をリードする役割を補強した。本ガイドラインの改訂により、日本は引き続き先駆者としての地位を確立し、世界的な金融動向に影響を与えることが期待されている。
[i] 国債等関係諸資料 : 財務省「国際の入札結果」, クライメート・トランジション利付国債 : 財務省「入札実績」のうち令和6年発行分にあたるもの。
本稿の翻訳は、新井敏之による。
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