クライアントアラート
戦略的目的での国際スタートアップ会社へのマイノリティ投資のリスク
October 08, 2020
By 新井敏之
デラウェア会社法判例の提起する論点を踏まえて
ここ数年多国籍企業が国際規模でベンチャー企業にマイノリティ投資を増加させる傾向が見られる。その目的は、①事業上のシナジーを早期発掘すること、②企業買収・関係強化の機会創出、③技術提携に関する知見を得ること、④将来的な有望マーケットを特定することなどである。日 本の多国籍企業もこの流れに遅れまいと、すでに百以上のCVC(corporate venture capital)を設立しているといわれ、それ以外の持株の方法を加算するとその数倍のマイノリティ投資のビークルがあるものと想像される。
しかし、このトレンドとは裏腹に、マイノリティ投資が提起する法的なリスクについてはこれまでほとんど関心が払われてこなかったというのも事実である。投資対象先は世界中様々であって、適用法が一定しないことも問題を複雑にしている。しかし、かかる投資のあり方について既にデラウェア州の判例法では様々な法理が展開されてきており、その考え方は大筋において他国の法思想に影響を与えている。
本稿は、戦略的国際マイノリティ投資が惹起する法的リスクの概要を的確に把握し、その対応のための現時点におけるベストプラクティスを提示するものである。
典型的事案
日本の多国籍企業であるA社は広汎な大型機械製品を製造・販売する会社である。伝来的な製品の売れ行きが鈍化する中、世界市場において次世代のベストセラーになる製品群を発掘することは自社グループの将来を左右することになる。かかる問題意識から、A社は広義の関連産業に属するスタートアップ会社に注目し、その中で自らのグループと親和性の高いと思われる会社に通常20%未満(持ち分法の適用を回避)のマイノリティ投資を積極的に進めている。地域的な限定はなく、北米、欧州、アジアなどがその検討にのぼることが多い。通常、投資に伴い、対象会社からは取締役またはオブザーバーの派遣を許容される。
A社は投資回収の財務モニタリングの見地と、コーポレートガバナンスの分離の見地からcorporate venture capital (CVC)や別組織となるファンドの創設も検討したが、投資分析の能力を有しつつ、事業部の要職を継続せざるを得ないマネジャー層の存在を考慮して、本社の中で準独立の投資事業部門を創出し、その要員として次長までの専任のファンドマネジャーを確保し、部長以上の人員は事業部の経営幹部と兼任することで運用している。すでに投資を行った数社についてはこれまでは対象会社から入手した情報は、かかる兼任のマネジャー経由で投資部門と事業部門の間で共用されてきた。具体的には、対象会社の開示情報も考慮したうえで、A社の製品開発やほかの投資対象会社の検討がなされてきたこともある。
A社は国際業務に関して米国の大手法律事務所の助言を得ており、上記の対応に関して相談したところ、少なくとも米国の各州法においては対象会社やその会社の別の株主からA社が責任を問われるリスクがある旨の助言を得た。
事案のマイノリティ投資で問われる可能性のある法的責任の内容
上記の弁護士の助言はデラウェア州会社法を前提にしたもので、大きく言えば以下の点に集約される。
対象会社の秘密の経営情報を入手してくるのはA社から派遣される取締役やオブザーバーである。取締役は忠実義務を負うとさ れる立場の当事者として典型的なものであり、その地位にかんがみもっぱら取締役を務める会社の利益のために尽力しなければならない、とされる。だとすれば、シナジー創設等の目的があるにせよ自らを派遣したA社の利益を優先あるいは同等に考え、行動することは対象会社への忠実義務違反を構成するのではないか。
対象会社から開示された秘密情報を取締役やオブザーバーがA社に開示した場合に、A社がその情報の自己目的に利用することは、無権限利用(misappropriation)になるのではないか。
デラウェア会社、あるいは米国の会社が関与しない投資については、上記問題意識は同様に当てはまるというわけではないが、忠実義務や情報の利用目的の問題はいかなる法律の下でも検討されるべき問題で、デラウェア州との差異を検討することによって、その妥当性を判断すべきである。
忠実義務違反
取締役の派遣により、A社は対象会社の経営事項に関して発言することが許され、議決にも参加できることになる。また、対象会社もかかる議論の中から事業上のシナジーのアイディアが生まれることを期待しており、だからこそ投資を受け入れるのである。しかし、対象会社の情報がその許諾なくA社の事業経営の資料として考慮されるとしたら、それは対象会社としては予期しない結果であり、派遣取締役はその権限を濫用して対象会社の情報を自己目的で利用したという忠実義務違反の請求が可能になると思われる。
もともと対象会社から開示される情報、資料は対象会社の経営を行うために開示されるのであり、A社の経営のために斟酌されることが許されるかは機微を要する問題である。Aが対象会社の経営業績を判断するためにその開示情報を参考にすることは必ずしも問題があるわけではない。しかし、対象会社の秘密情報をA社自らの事業上の利益のために考慮することは、取締役を派遣した趣旨に反しており、デラウェア州の判例においては忠実義務の逸脱があると判断されることになるだろう。
とはいえ、出資をしている以上対象会社の取引機会(corporate opportunity)や技術情報に無頓着でいることもできない。それではどこまでを入手情報の基づき斟酌してよいのであろうか。抽象的であるが、A社自らの事業上の利益のために斟酌することは禁じられるというべきであろう。しかし自己の事業上の得失を離れて、対象会社の事業情報を吟味することは投資している以上当然のことである。この点の判断の差異は、どのように事業情報を事業部と共用すべきなのかという運用基準に影響してくる。
秘密情報の自己目的利用
秘密情報の利用方法はそれ自体が忠実義務の一内容をなすというのが、デラウェア州の判例法である。そしてその開示は対象会社の経営をよりよく行うためにのみ用いられなければならない。したがって、投資効果の判断以外の側面では、とりわけ競合の可能性があり得る事業部においては入手情報を検討することは妥当とはいえず、かかる情報をそのまま事業部に伝 達すること自体問題がある。しかし、A社が自ら利用できないように細工をした形であれば対象会社の情報を提供することには弊害はなく、許容してよいという運用が行われている。さらに具体的な取引行為を前提にデューディリジェンスの一環として情報を共有することは、その取引のための契約書と吟味方法の取り決めをしたうえで許容してよい。
以上から、以下の派生原則が導かれる。
対象会社から開示されて秘密情報はA社内の事業部との間においては弊害を除去するために、個別性・具体性を除去した形で報告は許容される。(restricted secondary reportingの許容) かかる報告のためには、具体性の除去、内容の希釈化などの処理を施し、その妥当性を忠実性確保の審判である専門家(gatekeeper)に吟味させることが必要である。
具体的取引を投資対象会社に提案する段階に至っては、どの範囲でどのような情報が開示され、それにどのような制限が付されるかを記載した取引用秘密保持契約(transactional confidentiality agreement)を締結し、その取引に関与する担当者とその情報を検討できる職員の範囲を特定する。もちろん、それ以外の社員には不要な開示は許されない。
オブザーバー派遣の注意
オブザーバーは取締役と異なり、忠実義務を一般に負うものではないと考えられている。実際には、取締役会の議論に実質上は参加することもあり、また、取締役と同様の情報、資 料が提供される。その意味で、取締役の忠実義務違反や自己目的での秘密情報利用に近接した問題が生じることには留意すべきである。しかし、オブザーバーは契約上の取り決めから発生する権利であるから、契約によってその権利義務の内容を規定することがかなりの程度可能である。
その意味でオブザーバーを派遣するにあたってはオブザーバー契約を締結することが通例となっており、その文案も現在のデラウェア州の判例法を踏まえたフォームがすでに作成されている。例えば、開示情報の利用について、次の文言を挿入するというのはその一例である。
「対象会社から開示された情報は、株主の経営陣が対象会社と共同での事業機会を吟味する目的で、その必要な限りにおいて、その内容を検討、斟酌することができる。」
問題はかかる文言を取締役について規定した場合である。実際多くの投資契約書には類似の文言が記載されている。忠実義務を構成するかは、諸般の事実関係を検討したうえで判断するものであるから、かかる文言が忠実義務の範囲を限定する方向で作用することは事実ではあろう。しかし、忠実義務の判定は契約の効果よってなされるものではなく、実際かかる文言にも忠実義務違反行為を免責するものではないとの但し書きが付されることが通例である。
リスクを避けるためのベストプラクティス
以上のリスクを放置しておくと、マイノリティ投資の有効性が減じられることは間違いな い。そこで実務ではいくつかの定石的対応が取られるようになってきている。これらの方法はCVCや企業ファンドについても有用であろう。
I. Secondary Reporting Restriction
対象会社の秘密情報を事業部と共有する際に、情報を細工して具体性、数値、固有名詞などを削除しつつ、その内容も特定が困難な程度まで希釈化する。その作業を行うのは派遣された取締役またはオブザーバーである。また、投資部門のポートフォリオのデータは投資部門のみがアクセスできるものとする。
II. Gatekeeper
特定の対象会社の秘密情報を、事業部に開示してよいかについて、具体的にその適否を決する専門家。通常コーポレートガバナンスに経験のある弁護士(例えばgeneral counsel)が選任される。あるいは本社の取締役会に助言する国際法律事務所それ自体がその役割を果たすこともある。法曹資格者であるため、その助言は弁護士・顧客秘匿特権の内容を構成し、ディスカバリーで開示されることを免れる。こと情報の交換に関する限り、gatekeeperの判定は最終的なものとして扱われる。
III. 契約に基づく免責条項
投資契約書や株式引き受け契約書において、出資会社と対象会社が、一定の忠実義務違反の可能性のある外形的行為を契約上許容し、免責することがある。例えば、類似の事業をしている会社への投資の検討や投資それ自体である。また、出資会社側の秘密情報(例えば対 象会社の持ち株割合を増加することを検討していること)を知っていたとしても、対象会社に開示する必要はないという免責も一緒になされる。但し、かかる契約をしても実際に忠実義務違反となる行為や秘密情報の権限外使用となる場合には、効果は及ばないとされる。
IV. 投資部門と事業部門の経営陣の重複回避
Secondary reporting, gatekeeperなどの仕組みを設定しても、両部門の経営陣が重複している場合は実際の情報は区別することはできない。したがって、このような重複は可能な限り避け、情報の事実上の自己利用という批判を避けられるようにするべきである。実務ではこの点の運用が最も難しいというコメントがなされることも多い。