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国際商事紛争における日本法準拠の契約改訂の法理(Reformation of Contract) ―コロナ下での議論と展開
December 16, 2020
By 新井 敏之
契約改訂とは
契約改訂の法理(reformation of contract)とは、契約内容が当事者意思を正確に反映していないと考えられる場合に、それを正しく反映するべく裁判所・仲裁廷が契約規定を読み替えることを許す法理論である。この法理はもともとコモンローのもとで、裁判所が当事者の請求や職権に基づき行使してきたもので、衡平法(equity)の顕出形態の一つだといわれる。
理解のための設例
日本のA銀行赤坂支店が日本の会社B社の完全子会社で米国ロサンゼルスに所在するB1社に不動産取得目的のオフショア貸し付け(親会社保証付き)を日本法準拠で行う契約書に、loan to value ratioが一定以上を超えた場合、借主の株式またはその所有するロサンゼルス所在の商業用不動産に担保権を設定するという誓約条項(covenant)が記載されていた。Loan to value ratioのトリガーが成就したので、銀行は不動産担保の設定を要求したところ、不動産の記載の地番に誤記が発見され、契約書記載の不動産はB1社が所有していないことが判明した(実際に所有するのは近接する不動産であった)。B1社は米国にそれ以外の不動産を有していない。貸付契約書上、紛争に関してはロサンゼルス郡所在のカリフォルニア州裁判所が合意管轄を有する。A銀行はB1社に担保供与を要求したが、同社は所有していない物件を担保にはできないと拒絶している。A銀行には権利の強制のためにどのような選択肢があるか。裁判所はA銀行の請求に基づき契約を改訂し(reform contract)、取得不動産を担保に供するよう判決することはできるか。
改訂議論の高まりのきっかけ
新型コロナウィルスの流行で、契約の内容を文字通り履行させることに困難が生じることは多々見られるところである。その場合具体的にはforce majeure条項の利用に際して、契約の効力停止や解除を試みるわけであるが、実際にはむしろ契約内容を発生した状況にふさわしく改訂したほうがうまくいくことも多い。かかる背景もあって2020年版のInternational Chamber of Commerceのハードシップ条項のモデル契約では、裁判官や仲裁人に契約改訂権限を与える選択肢を用意した。それゆえ、契約改訂の機動範囲は、準拠法にかかわりなく、今後より広汎に及ぶ可能性が高くなった。
契約改訂のトリガー
日本法でも従来から事情変更に基づく契約改訂の可能性が唱えられ、大審院19年12月6日民集23巻613頁でそれが認容されてはいたが、それ以降は同様の判示はない。しかし、契約と当事者意思との齟齬の場合については実は、契約改訂をすると明言したかは別にして、これまで実際に改訂が行われた例は少なからず存在し、ダイアルQ2事件でついに最高裁もこれを許容する判決がなされた。最判平成13年3月27日民集55巻434頁。
事情変更も、当事者意思との齟齬も実は、もともと当事者意思と契約が齟齬していたのか、それとも後発的に外部的事情の発生によって当初意図された当事者意思との齟齬が生じたかの違いであり、本質は同様に当事者意思が正確に契約に反映されていないところに起因する問題である。コロナ下の紛争の多くは事情変更によるものである。
日本法での契約改訂の手続と類型
日本の裁判所で契約の改訂を請求原因として求めても、請求原因の知名度から裁判所の反応は冷淡であるという観察もある。しかし実際はそうとはいえない。裁判所は当事者意思が契約と別のところにあることを感知するや否や、あえて判決で契約改訂をする必要はなく、公平だと思われる解決を示して裁判上の和解の勧告をし、それに従わない当事者に敗訴判決を示唆して和解で解決することが通例であるといわれる(民事裁判官のコメント)。それでも和解に応じなければ、最後の手段として契約の改訂に踏み切るのである(それゆえ判例の数としては限定される)。
当事者意思と契約の齟齬が問題となり、契約改訂が認められた日本の判例には、次のタイプのものがある。
- 契約で当事者は一定事象が生じた(例・法改正、判例変更、路線価の改定)場合には誠実協議して合意をし、その合意を履行するという条項がある場合に、相手が協議を拒否するか、合理的な協議をしないため合意が形成できない場合。この場合には、裁判所が合理的だと考えられる合意を形成し、それに基づいて給付判決を行うもの[i]。
- 継続的契約たる附合契約(役務給付型、例・電話回線利用契約)において支払い義務が記載されているが、その契約の履行について役務提供者側の不行き届きがあり、それゆえに債務者が支払い義務の一切を拒んでいるが、弁論の全趣旨からは支払全額を免除するまでの事情は認定しにくい場合(例・最高裁NTTダイヤルQ2事件)。この場合、債権者は全額の請求をし、債務者は全額の免除を求めるところ、裁判所は契約を改訂する趣旨で、中を取って債権の一部支払いを命じることがある。これも契約改訂の一種である。
日本法に準拠した外国で審理される紛争
上記設例のように、日本法に準拠するが外国で裁判され、または仲裁される合意のある紛争がかなりの数、存在する。当事者間の思慮不足だとか、外国の裁判官や仲裁人が日本法を適切に適用できるはずはないという否定的見解も存在するが、実際のところ極めて重要な契約ほど、準拠法と管轄地にミスマッチがありがちなことは国際取引法務の実務家であればみな知っている。察するに、当事者が各自に便利な準拠法と管轄地を区別して、いわば痛み分けとして合意をしたとみることも可能である。
上記設例ではカリフォルニアの州裁判所で契約改訂の可否を争うことになるが、日本法準拠であっても、カリフォルニアの州裁判所が契約改訂をするに躊躇はないであろう。日本法で契約改訂は認められないという法律意見書がB1社の側から出なければ、改訂の判決を得ることは困難なことではない[ii]。ましてや、所在地の誤記程度の齟齬であれば、なおのことである。この道理は仲裁においても同様であるが、個別解決の妥当性をより志向しがちな国際仲裁では、契約改訂は一層得やすいと考えられるし、経験的にもそうである。一般的に言って、日本法準拠でも英米法に起源をもつ法理は、その馴染み感覚ゆえに救済を得られやすいと言え、上述のミスマッチがあってもその克服は経験的に(不便ではあっても)不可能ではないのである[iii]。
改訂の前提―協議義務をどう考えるか
契約に記載された債務の効力が何らかの理由で認められない場合(あるいは法律の変化で当初の義務を変更すべき場合)、まずは誠実協議して当初の契約の当事者意思を可能な限り実現するようにする(協議最善努力義務[iv])という義務が契約上記載されることが多い。コロナの文脈でも、このような義務が今後契約に記載されるようになるだろう。改訂する前提として、協議がされればその内容を判決すればいいが、協議がなされなければ、あるいは合意できなければ、それを飛ばして契約改訂にかかってよいものであろうか。
この場合の日本の裁判所の対応は極めて実践的である。まず、協議義務に強制力があるかを検討し、強制力があればその協議を促し、その結論を踏まえて判決する。協議にまじめに応じない、あるいは合意ができなければ、敗訴含みの和解勧告をして和解させるか、しなければ当該規定を信義公平の見地から改訂してしまう(契約上、実現すべき方向性についての当事者意思が明白であれば、改訂も困難ではないから)。上記の契約改訂の第一パターンはこの類型に属する。協議義務に強制力があるかの試金石は、記載された当事者意思を達成するための協議義務に法的拘束力を伴うと当事者が考えていたと判断できるかである。漠然と協議する義務と、一定の結論を念頭に置いた協議義務があるかの違いである。
外国の裁判所あるいは国際仲裁廷ではどうなるであろうか。上記の対応はやはり同様に妥当すると考える。唯一手間なのは、日本法でも契約改訂の法理が存在し、強制履行されているという証明であるが、できないことではない。
結論
- 契約改訂の法理は日本の判例法でも既に存在する。
- 日本の裁判ではあえて改訂しなくても、裁判上の和解勧告をすることで、望ましい改訂を実行できるし、そうしている。
- 日本法準拠の契約が外国での合意管轄に服しているとき、とりわけコモンローの管轄ではかなり容易に契約の改訂を得ることができる。
- 契約改訂の前提として当事者間の協議義務が契約に記されている場合は、一定の結論を達成するために協議する債務が存在するかを判断し、明確であれば協議や合意が不可能であっても契約改訂を行うことができる。
- 今後の契約上のハードシップ条項は、契約改訂が可能なように工夫してドラフトすることが必要である。
[i] 例、東京地判昭和44年3月28日判時568頁60頁.東京地判平成24年5月23日公刊物未登載(平成22年(ワ)第36904号、平成22年(ワ)第37114号)
[ii] もっともかかる誤った法律意見書は出てもらっては困ると思う場合に限ってでてくるもので、そうなると別の契約改訂肯定説を述べた説得的な対抗法律意見書を提出しないと勝訴できない。
[iii] 但し、かかるミスマッチ問題に精通した国際的なリーガルカウンセルが代理をするという前提があってのことではある。
[iv] 判例については最判昭和42年12月21日裁判集民89号457頁をはじめ、下級審レベルでも多数存在する。