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デラウェアM&A重要判例:企業売却承認についての取締役の忠実義務違反を宥恕する「コーウィン浄化基準」の適用否定例

June 03, 2021

By 新井 敏之

  • 2021年5月6日、Delaware Court of ChanceryのVice Chancellorである Zurn裁判官は、In re Pattern Energy Group Inc. Stockholders Litigationの株主請求が、主張自体失当とする被告の申し立てを却下した。約200ページにのぼる判断である。
  • 同訴訟は、パターン・エナジー・グループ社(以下「パターン・エナジー」)が61億ドル(USD 6.1 billion)でカナダ・ペンション・プラン・インベストメント・ボード社(以下「カナダ・ペンション」)に全額現金で売却し、非上場化したことについて、売却完了後、パターン・エナジーの従前の株主が異論を唱えた集団訴訟である。
  • この取引は、2020年3月10日にパターン・エナジーの株主の52%の僅差で承認されたが、ISSとGlass Lewis(いずれもプロキシー助言会社)の両社は株主に対し売却に反対する投票を促していた。 承認により売却は2020年3月16日にクローズした。
  • なお、賛成票のうち10.4%は、前年である2019年10月に関連会社に対して第三者割当増資として発行された比較的新しい株式だった。そして、同増資に関する売買契約では、契約時にはまだ条件や落札者が確定していなかったにもかかわらず、経営陣の推薦するいかなる売却取引についても賛成することが付帯条件とされていた。
  • パターン・エナジーの本件での売却手続きでは、①利害関係のない独立した特別委員会が売却プロセスを主導し、②利害関係のない法律・財務アドバイザーが特別委員会に助言を行い、③複数の有望な買い手がオファーを提出しているという、伝統的に健全と評価できる売却プロセスとされる特徴の多くを備えていた。
  • それにも関わらず申立てが却下されたのは、売却プロセスを運営する特別委員会の委員と一部の役員が、パターン社になじみの深いリバーストーン・パターン・エナジー・ホールディングスL.P.(以下「リバーストーン」)の意向を尊重し、カナダ・ペンションに売りやすいように行動したという状況を考慮してのことだった。リバーストーンは、パターン・エナジーを設立し、その風上のエネルギー関連プロジェクトのサプライヤーを支配するプライベート・エクイティ・ファンドである。
  • 具体的には、原告は、特別委員会、リバーストーン、サプライヤー、およびそれらと競合関係にあるパターン・エナジーの一部の取締役および役員が、既存株主よりもリバーストーンの利益を優先することで忠実義務 (fiduciary duty) に違反し(またはその違反を幇助して)、株主の将来的な経済的利益を不法に妨害し、株主を犠牲にしてリバーストーンに有利な取引を行うように共謀したと主張した。
  • 裁判所はまず、被告の、取締役に悪意(bad faith)がない限りにおいてその注意義務違反に基づく金銭賠償責任を免除するという、パターン・エナジー社の定款に基づく免責条項 (exculpatory provisions) の適用を拒絶した。すなわち、裁判所は、被告らはリバーストーンの意向を優先し株主の利益を害すると知りながら、経営陣における利益相反に対して不適切に対処し、忠実義務に反したのだから、免責条項は適用されないと判示した。
  • さらに、裁判所は、当該第三者増資に係る契約上の義務に基づく賛成票が賛成多数に至るため不可欠だったことを踏まえ、過半数の株主の承認が、開示前から取引に賛成するよう契約で拘束されていた重要な株主の賛成票によって部分的に得られたのだから、本件売却についてCorwin判決に述べられた要件である、十分な情報を与えられ(fully informed)ていたとも、強制されていない(uncoerced)ともいえないとして、コーウィンの浄化基準 (Corwin cleansing) は適用できないと判示した。

コーウィンの浄化基準とは: 

  • デラウェア州最高裁判所が2015年10月にCorwin判決(125 A.3d 304 (Del. 2015))で判示した、①十分な情報を与えられ(fully informed)、②強制されていない(uncoerced)株主の過半数によって承認された取引は、経営判断の原則(business judgement rule)に基づく審査を受けることができ、③企業資産の浪費の証拠(evidence of corporate waste)がない限り、尊重されるというルール。株主が十分な情報を与えられ、強制されていない場合には、株主による投票によって、取引の承認に関連した取締役の忠実義務(fiduciary duty)違反の疑いを「浄化(cleansing)」できるとの発想から、『コーウィン浄化(Corwin cleansing) 基準』と呼ばれる。
  • コーウィン の基準が適用された場合、経営判断の原則を克服するためには、取引が企業にとって企業資産の浪費になることを主張する必要があり、弁論段階でもクリアすることが極めて困難であるため、この要件については事実関係が追認される傾向があるとされる。
  • そして、この判決以後、同法理の「浄化(cleansing)」の要件として、株主は「十分な情報提供」と「強制されていないか」どうかに異議を唱えることに力を注いできた。
  • 本件被告は、これを引き合いにだして、経営判断の原則が適用されるべきと主張していた。
今回の決定では、定款の免責条項 (exculpatory charter provision) やコーウィンの浄化基準などによる取締役保護の仕組みは重要であるものの、主張の段階では、主張自体失当についての原告に有利な基準(請求原因を特定して陳述していればよい)が存在するため、かかる陳述がある限り申し立て棄却になることを改めて示した。 また、本判決は、会社と契約関係にある非株主(リバーストーンなど)や、会社に対して「ソフトパワー」(議決権以外の力)を行使している非株主が、そのような立場によって支配グループを構成した場合、それによって、異議申し立てのあった取引が『優遇的考慮のない全面的公正審査』(non-deferential entire fairness review) の対象となることを警告している。

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Image: 新井 敏之
新井 敏之

弁護士・東京事務所代表