弁護士著者
中国の外商投資基本枠組みに関する法改正及びその影響
September 09, 2016
By 新井 敏之
-30年来の外商投資制度の抜本改正 「変化は必ず起きる。我々も変化しなければならない。」 マハトマ・ガンジー
2016年9月3日に、中国の全人代常務委員会は「外資独資企業法」、「中外合弁企業法」、「中外合作経営企業法」(以下「三資企業法」と総称する。)及び「台湾同胞投資保護法」の四つの法律の修正案を採択し、改革開放以来、30年以上実施してきた外商投資に対する全面的外資参入管理手続及び案件ごとの事前審査許可制に終止符を打った。
商務部は同日に「外商投資企業設立及び変更届出管理暫定弁法」(以下「届出管理暫定弁法」という。)の意見募集稿を公布し、9月22日までパブリックコメントを求めている[1]。同弁法は2016年10日1日から実施される予定である。
これにより、上海、広東、天津及び福建自由貿易試験区で実施されてきた投資前の内国民待遇(Pre-establishment National Treatment)と付与、並びに市場参入ネガティブリスト(Negative List)(以下「ネガティブリスト」という。)方式の利用、という外商投資に対する新たな管理枠組みが中国全国規模で展開されることになる。一言でいえば、この改正は外資規制の仕組み自体の変更といえる。
第一 今回の法改正の背景
中国における外商投資は、これまで会社設立から、増減資、事業内容の変更、持分譲渡、解散・清算による事業撤退まで、あらゆる面において当局による事前審査・許可が要求されてきた。これにより、当事者間の契約の自由が当局に不当に干渉されることがしばしばあり、許可を取得するために当局との折衝で莫大な時間と労力を投入しなければならない事態が頻繁に生じ、外国投資家はこれにより投資を断念せざるをえないこともあった。かかる投資規制は長い間外国から批判を浴びてきた。
特に近年、発展途上国間で外国投資誘致競争が激しくなる中、国連貿易開発会議の予測によれば、2016年全世界における外資投資の成長率は低くなる傾向にあるとされる。かかる背景の中、中国は投資環境の改善や行政効率の向上に迫られている。
外商投資管理の制度改革を最初に試みたのは3年前に発足した「中国(上海)自由貿易試験区」であった。この試験区においては、金融、医療サービス、ネットサービスなど18業種で市場アクセスが大きく緩和されたのみならず、経済管理制度において初めてネガティブリスト、外資に対しては投資前の内国民待遇が採用され、ネガティブリストで禁止・制限されている業種を除き、外資参入が認められ、当局による外商投資に対する事前審査・許可制が届出制になった。その後設立された広東、天津及び福建自由貿易試験区においても同様な制度が導入された。四つの試験区による制度改革により、行政機関の過度な介入を抑え、投資を促す効果が確認された。2016年1月から7月にかけて、四つの試験区において新設された外商投資企業は5,783社に達し、実際に払込まれた外国資本が72億ドルにも上り、前年度同期比66.3%増となった。[2]
上海自由貿易試験区における届出制の試行は一応3年間と設定されており、2016年9月30日をもって期限満了となるが、三資企業法を代替する「外国投資法」はまだ未公布である[3]。「外国投資法」により外資投資制度の画期的な改革が行われると予想されているが、同法の採択は現状では不確定である。
かかる背景の中で、自由貿易試験区で成功した外商投資管理制度を、2016年10月1日以降、全国規模で展開できるよう、外商投資制度改革の先鞭として今回の法律改正がなされた、というのが改正の意義である。
第二 法改正の主な内容及びその影響
2016年10月1日から施行される改正後の「外資独資企業法」、「中外合弁企業法」、「中外合作経営企業法」及び「台湾同胞投資保護法」に、外資参入特別措置に記載される分野以外の業種への外商投資については、審査・許可制から届出制に移行する旨の条文[4]が追加され、今後外資企業の設立や変更の届出について具体的な手続きに関する規定は、「届出管理暫定弁法」に規定される。全国規模で適用される外資参入特別措置、いわゆるネガティブリストは、2016年10月1日までに公布される見込みである。
2016年9月3日付の「届出管理暫定弁法」意見募集稿の条文に大きな変更なく、そのまま2016年10月1日から施行された場合[5]、外商投資企業の設立、変更及び解散手続きは以下のように変更されることになる。
1. 企業設立が審査許可制から届出制に移行 ― 事後届出も可能、提出書類の簡素化、所要時間の大幅減少
ネガティブリスト掲載範囲外の外商投資企業の設立は、企業名称の予備審査後、営業許可証取得前、又は営業許可書を取得後30日以内に、オンライン届出システムを通じて「外商投資企業設立届出申告表」[6]及び関連書類[7]を提出することで届出される。管轄権のある地方商務部門は、申告表の記載情報が形式上完全かつ正確であることをチェックし、届出事項がネガティブリストに属していないことを確認した後、届出が完了した旨の回答書を発行する。書類の記入や提出に不備がなく、且つネガティブリストに属していない場合、関連資料のオンライン提出がされてから3日以内で届出が完了する。[8]
中国法における「届出」は実質上許可の一種として運用される場合があり、届出が完了しないと次のステップに進めず、且つ届出内容に対する実質的な審査が行われることがある(事前届け出制度)。しかし、「届出管理暫定弁法」意見募集稿における届出は、営業許可書の取得後にすることができ、しかも当局は形式上不備がないことだけを確認するので、外商投資企業の設立は、本来の意味での届出で済むと思われる。
これまでの審査・許可制のもと では、外資企業の設立申請文書には、フィージビリティ・スタディ報告書、外商投資企業の定款、合弁契約書などが含まれ、外資独資企業の場合は、設立を予定する企業所在地の地方人民政府による設立に対する書面意見も要求されてきた。管轄権のある地方商務部門はこれらの書類を精査し、法律により当事者間で自由に規定できる事項についても、中国側合弁当事者の利益を保護する見地から、合弁契約や定款の条文に対してコメントし、修正を命じたり、現地当局のひな形の利用まで要求することもよくあった。「届出管理暫定弁法」意見募集稿によれば、そもそも定款や合弁契約を商務部門に提出する必要がないため、そのような不合理な指導を受ける余地がない。
また、中外合弁企業や外資独資企業の場合、審査・許可期間が90日もかかるが、届出制に移行してから、3日で届出が完了するということで、企業設立に所要する時間が大幅に縮小される。
2. 企業の経営事項変更が商務部門による審査許可制から届出制に移行 - 事後届出、提出書類の簡素化、所要時間の大幅減少
ネガティブリスト掲載範囲にかかわらない外商投資企業の経営事項変更は、当該変更が発生してから30日以内にオンライン届出システムを通じて「外商投資企業変更届出申告表」[9]及び関連書類を提出することでなされる。管轄権のある地方商務部門は、申告表の記載情報が形式上完全かつ正確であることをチェックし、届出事項がネガティブリストに属していないことを確認した後、届出が完了した旨の回答書を発行する。書類の記入や提出に不備がなく、且つ変更事項がネガティブリストに属していない場合、関連資料のオンライン提出がされてから3日以内で届出が完了する。[10]
届出制度に服する経営事項変更は、以下のものを含む。
企業名称、登録地、企業類型、経営期限、投資業種、業務種類、経営範囲、プロジェクト性質、登録資本、投資総額、企業組織、法定代表者、最終支配当事者情報、連絡情報等の企業基本情報の変更
投資者の基本情報の変更
持分(株式)変更、合弁権利変更、株式質権設定
合併、会社分割、終了
外資企業の資産や権利への担保権設定、又は譲渡
中外合作経営企業の外国当事者による投資の先行回収
中外合作経営企業が経営管理を委託する場合
法令に別途規定がない限り、変更は外商投資企業の意思決定機関により当該決議が採択された時点で効力が発生し、届出は効力発生の要件ではない。
これまでは、合弁企業の解散にあたり、商務 部門の事前審査・許可が必要とされ、合弁当事者が解散について合意した場合においても、地方政府からの雇用維持の要望、外資撤退への抵抗感といったことで、商務部門は容易に許可をしないことがあった。しかし、「届出管理暫定弁法」意見募集稿によれば、合意解散、すなわち意思決定機関による解散決議が採択された時点で会社は解散・清算の手続きに入り、制度上地方政府からの不合理な干渉ができる根拠がなくなる。
また注意を要するのは、最終支配当事者情報の変更が届出事項として組み入れられたことである。現行の外商投資法では、最終支配当事者情報は、年に一回外商投資企業投資経営情報年度報告書に記入し当局に報告することになっているが、「届出管理暫定弁法」意見募集稿によれば、最終支配当事者の変更がなされて30日以内に届出すべきであるとされる。当局は外商投資企業の最終支配当事者の変更につながるオフショア企業間の買収等について可及的速やかに情報を把握したいということであろう。
設立届出と同様、変更届出も提出する書類が簡素化された。たとえば、現行法に基づくと、外商投資企業持分変更の場合、持分譲渡契約、株主間契約等を商務部門に提出し、精査されるが、「届出管理暫定弁法」によれば、これらの契約の提出は不要で、契約条項に対する行政指導を受ける可能性もない。
また、変更届出の所要時間が3日で、現状に比べ大幅に縮小された。
3. 信用記録データベースの構築及び罰則
商務部は全国規模で外商投資企業の法令遵守状況を反映する信用記録データベースを構築し、届出管理機構などの主管部門が監督検査で把握した企業の信用状況を反映する情報を当該信用記録データベースに記載する。規定通りに届出せず、又は虚偽の情報をもって届出した外商投資企業について、その信用記録を適切な方式により公開する。[11]
外商投資企業又はその投資者が届出に関する規定に違反し、期限内に届出せず、又は虚偽な届出をした場合、商務部門は期限を定めて是正を命じ、期限を過ぎても是正しなかった場合、又は情状が重大な場合には、違法所得の一倍以上三倍以下、ただし最高でも3万元を超えない過料に処することができる。[12]
外商投資企業又はその投資者が商務部からの許可なしでネガティブリストの投資が制限される分野で投資・経営活動をした場合、期限付の是正、投資経営活動の停止命令のほか、違法所得の一倍以上三倍以下、ただし最高でも3万元を超えない過料に処せられる。[13]
外商投資企業又はその投資者がネガティブリストの投資が禁止される分野で投資・経営活動をした場合、期限付きで持分又は資産の処分を命じられ、違法所得の三倍、ただし最 高でも3万元を超えない過料に処せられる。[14]
4. 事業者結合事前届出及び国家安全審査
独占禁止法上の事業者結合事前届出及び国家安全審査は、今回外商投資関連の法律改正に影響されず、関連法令に基づき行われる。
第三 残された課題
1. 商務部その他の現行法下規則との整合性
外商投資企業の設立、変更、合弁・会社分割、対外投資の審査・許可について商務部はこれまで数多くの省令及び通達を制定、実施してきた。「届出管理暫定弁法」には、現行の省令や通達の規定との整合性について明確に規定されていない。
2. 外国企業による買収、上場会社への戦略投資は従来通り審査・許可制か
届出制度及びネガティブリストという方式は、外国企業による国内企業の買収や外国投資家による国内上場会社への戦略投資案件に適用されるかについて、「届出管理暫定弁法」には明言されていない。しかし、当該弁法の適用範囲は外商投資企業の設立及び変更にとどまることから、今回の「届出管理暫定弁法」は外国企業による国内企業の買収、外国投資家による国内上場会社への戦略投資に適用がないと思われる[15]